一日中晴天という予報だったにもかかわらず、雲ゆKはどんどん怪しくなり、雪の降り方も尋常ではなくなっていました。
しかし私達は結構バカでしたので、スノボに夢中になるあまり、車のことなんざ頭の片隅にも残っていませんでした。
リフト券の時間も切れ、帰るころには日も傾きかけた4時過ぎでした。もちろん雪は降り止む事もなく、私達は車の前まできて改めて愕然としました。車にも道路にもしっかりと降り積もった雪たち。
来る時は、轍にコンクリートが見えていたのですが、それすら見えません。まさしく一面の銀世界という感じでした。
ここから恐怖のドライビングが始まります。
時速20km以上出すと全くハンドルが効かなくなり車体全体が大きく振られます。もちろんブレーキもままなりません。でも仕方がないのでノロノロと進みます。それでも小さな窪みや山で車体が傾き一歩間違えば道端の田んぼに落ちる最悪の危険性をはらんでいました。
さらに、後続車も来るので、邪魔にならないように後続車が来るたびに路肩に車を寄せ抜かさせます。
どこかに(ガソリンスタンドとか)にチェーンでも売ってないかと思いましたが、あいにく山の中にそんな都合のいい店はあるはずもなく、私達にはただ前に進むことしか許されませんでした。
小1時間も走ったころでしょうか、また後続車が着たので路肩に寄せました。そして発信しようとしたのですが、、、
ブロロロロロッ
あいたたた。タイヤが空回りして全く前に進むことができなくなったのです。タイヤの下にその辺の枝葉を絡ませても、車が左右に触れるだけで全く前に進む気配がありませんでした。
様々な試行錯誤の挙句、私達は最後の手段に出ることとなりました。
友人に助けにきてもらう。
幸いスタッドレスタイヤを持っている友人がいたので、申し訳なくも思いつつチェーンを買って来てくれないかと連絡を入れることになりました(←本当に最低な人間達です)。
この友人というのが、常日頃から行動をともにしているとても人間のできたやつでして、快く(っていうのは嘘だと思うけど)その日の夕食全ゴチで引き受けてくれました。
連絡してから1時間ほどで彼は来てくれました。
最大限の感謝の言葉を述べて、日もとっぷり暮れた中チェーンを装着しようやく出発することができました。
ここまでなら、単なるドジ話で終わることができたのですが、本当に色々な意味で恐ろしくなったのはここからでした。
私達が止まって動けなくなるまでの道というのが、山と山の間の結構平坦な道でして、先ほども書きましたように道端には田んぼとかもあるところだったんです。しかしその立ち往生した数十メートル先で、道がおおきく(90度くらい)カーブしてまして、そこから急な下り坂になっていたんです。ノーマルタイヤならブレーキさえ効かない角度だったのです。
そこから道も細くなり、イニシャルDに出てきそうないわゆる山道というのが続いてまして、道もグネグネと右に左に曲がっており、薄っぺたいガードレールの先には断崖絶壁が待ち構えていました。
ガードレールも所々切れていたりして、そのままノーマルタイヤのままで進んでいれば、事故は確実。一つ間違えれば、ガードレールの隙間から飛び出して奈落の底へ誘(いざな)われていたかもしれなかったのです。
正直私達は背筋が凍る思いをしました。その光景を見るまでは「まあ,何とかなるだろう」ぐらいの気持ちでいたのですが、さすがに顔から笑みは消えていました。
ここで題名につながるわけです。
あまりにも危険なこの道に入る寸前に立ち往生したのは、単なる偶然か?
偶然慰してはあまりにも絶妙なこの距離。
私達は現実主義者なので、声にこそ出しませんでしたが、お互い何か見えない力とか神の御加護みたいなものが救ってくれたのではという感情が拭いきれませんでした。それほど奇妙で不思議な空気が流れていました。
単なる偶然と言い切る事もできるかもしれませんが、あれほどの生死の境目で踏みとどまることができたことに、そしてそれが自分の意志でない力によって踏みとどまらされた、ということにナニカを感じずにはいられませんでした。
その帰った日、私はとりあえず、祖先が眠る墓のほうに向かって両手を合わせ、感謝の念を送りました。
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